山形県
明治初期に藩校興譲館の外国教師として招かれた、英国人チャールス・ヘンリー・ダラスが、米沢牛の美味しさに感動し、任期を終えて横浜に戻る時に米 沢牛を一頭持ち帰り、知人に振舞ったと言われています。
これをきっかけに、その美味しさはたちまち人々に知れ渡り「米沢牛」が世に知られるようになったと いわれています。
上質の脂は、うまみと香りがあり溶け出す温度が低く、とろけるような食感をつくりあげます。
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山形の恵まれた自然のなかで、盆地特有の寒暖の差が大きい気候風土と、緑豊かな山々から流れ出る自然水で、肥育されています。
肉のきめが細かく適度に霜降りされていて、独特のまろやかな脂質で、柔らかな舌ざわりが特徴です。
江戸時代から黒毛和牛の名産地として知られている、山形県西置賜郡(旧米沢藩手の子地方)。
手の子地方は気候風土、水、穀物など良質和牛を生産する条件が満たされた環境の中で、指定農家が大麦を中心とした自家配合の飼料で肥育しています。
山形県尾花沢市特有の気候風土で育った尾花沢牛の肉は、軟らかくジューシーな味わいの牛肉です。
毎年8月15日には、徳良湖畔で「尾花沢牛肉まつり」が開催されます。
バーベキュー形式で尾花沢牛を味わう事が出来ます。
「庄内牛」としてのブランド名は歴史が浅く、量販店との産直事業での取引により昭和61年4月に創設されました。ブランドの定義は、「庄内本部庄内牛産直事業 要領に定める生産登録農家において肥育され、最終肥育地が山形県庄内地方であるホルスタイン種去勢牛としています。
但し、最終肥育地の飼養期間が最長となる肉牛 に限る」と規定しています。
開始当初の庄内牛を生産する登録生産農家戸数は約20戸、その後、後継者難と肉牛価格の低迷もあって廃業する農家が見られ、現在7農家と全農山形県本部1農場、計8農場で生産しています。
登録農家に限定した生産です。
飼料への抗生物質・抗菌剤の無添加。
成長促進作用のある飼料添加剤(モネンシン)の無添加。
庄内食肉流通センターでのと畜・解体・部分肉加工によるコールドチェインの実現。
生産牧場が自社に限定されており、飼育プログラム、牛舎の飼育環境、病気の予防プログラムなどを一元管理しているため、より安定した供給が実現できる。
自社で直接販売も手掛けているため、品質に対するフィードバックが速く、品質の向上が図られ易いのです。
尾花沢牛の特徴は、生後10ヶ月齢の黒毛和種の子牛を、約22ヶ月肥育する理想肥育です。和牛の特質を活かしながら、愛情細やかに育てます。
吟味した飼 料、妥協をゆるさない牛飼いの気質は、先人から受け継がれている。
奥羽山系から湧き出る豊潤な水。
1年の3分の1を雪でおおわれる気候風土です。
『尾花沢牛』 は、厳しい冬を2回越すことによって、芸術品ともいうべき霜降りを誕生させています。
「雪が尾花沢牛をつくる」と言う人もいます。
肉が軟らかく、色つやが良く和 牛独特の甘い風味をかもしだします。
特に脂が白く粘りがあり、口に入れると溶けるまろやかさがあります。
今、質量ともに県内外に押しも押されぬ銘柄として 確立しつつあります。
米沢牛(よねざわぎゅう)とは、山形県米沢市及びその周辺の置賜地方で食用に供するために飼育される和牛です。
松坂牛・神戸牛と共に日本三大和牛と呼ばれる事もあります。
米沢のABCとも言われ、地域の特産品の一つになっています。
米沢牛の歴史は明治4年に上杉藩は英国と条約を結び、上杉鷹山が開校した興譲館中学に横浜に居留中の貿易商、チャールズ・ヘンリー・ダラスを英語教師として招いた。
当時米沢では四つ足の動物は食べないとされていたが、故郷を懐かしんだダラスが一緒に連れてきたコックの万吉に牛肉を調理させ食べたのが、食用としての米沢牛の始まりである。
その牛肉のあまりのおいしさに驚いたダラスは、任期を終え米沢を離れる際に、牛を1頭横浜に連れて帰った。
そして仲間たちに振舞ったところ大好評で、それがきっかけとなり米沢牛は全国に広まっていった。
山形牛とは山形県内において12ヵ月以上肥育した黒毛和種で、日本食肉格付協会が定める肉質等級が「4」以上(県内産和牛A-3等級も準ずる)の物を言います。
肉のきめが細かく適度な霜降りで、舌にのせたときの柔らかさとまろやかさが、山形牛の特徴です。
四季のはっきりした山形の恵まれた自然のなかで、昼夜の寒暖の差が大きい盆地特有の気候風土と、米どこ
ろの稲わらや穀物を飼料とし、冬の雪をたくわ える緑豊かな山々から流れ出る豊富な自然水で、一頭一頭丹精込
めて、たっぷりと愛情を注いで育て上げるため、素晴らしい脂質と肉質に仕上がるのだといわれ ています。